民俗学とは古くから民間で伝承されてきた有形及び無形の民俗資料をもとにし、人間社会に伝承されてきたものの歴史的変遷を明らかにし、それを通じて現在の生活文化を相対的に説明しようとする比較的に若い学問である。また、こうした習俗の検証を通して伝統的な思考様式を解明しようとする学問でもある。民俗学という学問の背景には、近代化によって多くの民俗資料が失われようとするとき、消えゆく伝統文化へのロマン主義的な憧憬やナショナリズムの高まりなどがある。
アジアにおける民俗学といえば、学問としては日本において一番早く確立されたといえる。特に、日本ではイギリスのケンブリッジ学派などヨーロッパの影響をうけて、柳田國男や折口信夫などの研究者によって近代人文科学として完成された。民俗学は、通常はFolkloreの訳語とされるが、Folkloreは民間伝承それ自体を意味ずる傾向が強く、英語圏では民俗学をFolklore-StudiesやFolkloristicと呼ぶこともある。
現在社会において、民俗学が主たるフィールドとしてきた閉鎖性の高い農村は実質的にほとんどが消滅している。現在では、農村人口は都市人口に圧倒され、都市住民および都市の生活様式が一般性をもつようになった。したがって、一見伝統的な生活様式を保っているようにみえる地域にも、過疎化や観光開発、産業構造の変化などにより、古いタイプの民俗調査ではカバーしきれないのが現状でもある。こうした対象の変化に対して、現代の民俗学はさまざまな新分野を開拓しつつある。
日本の民俗学研究においては、1970年代~80年代には「民俗の消滅」が盛んに議論され、都市民俗学のブームやアメリカ民俗学の影響を受けた都市伝説研究が多く見られた。また1990年代以降は、現代社会のシステムと地域の関係を問う研究が多く行われてきた。特に、観光人類学の影響を受けた地域開発や観光化の研究、文化財制度の研究などが増加してきたのである。そして、日本と韓国、中国や台湾、東南アジア、ヨーロッパなどをフィールドに、比較民俗学の観点からアジア諸国の実地調査を行う研究も多様に現れている。このようことを背景にオンドル民俗を考察することは大変有意義なことである。
オンドルの発生と発展、変遷に関する遺跡は、新石器時代の韓半島各地の遺跡を始めとして、中国の東北部、日本でも多く発見されている。オンドル民俗の研究体系を整えることは、広範囲に渡るオンドル文化に関する学問的に解釈につながり、オンドル文化圏の人たちの営みの姿を描き出してその根本を明らかにすることができる。
オンドルは韓国式家屋の主要な構成部分である。韓国式家屋は単純な建築物ではなくオンドル文化圏の人たちが一生を生きていく日常生活の基盤であり、人々の精神世界の具体的な表現でもある。そのなかで、韓国式家屋は家の跡地の選定、家屋の大きさ、構造の特徴、外形などにおいて自然景観との調和を根本としている。そこには人たちの自然親和的な生活観を表しており、自然に逆行するのではなく自然を受け入れ、調和しながら自然を活用する営みの知恵が隠れている。
李重煥の『択里志』によれば、韓国式家屋を位置の選定における明堂の条件は次のようである。家を建てるにあたって一番重要なことは、地形的な条件の地利である。そして、次が経済的な条件の生利、三番目が社会的条件の人心である。すなわち、その一番としているのは自然景観としての山水との調和であり、これが欠けると家を建てることは望ましくない。このような条件は、自然環境との調和による長期居住の可能性、生活に欠かせない生産地としての条件、人文環境の良さとして解釈することができる。
オンドルがある韓国式家屋は、自然と調和する第一条件であり、自然のふところに抱かれるように建てるのである。高麗忠烈王3年(1277)に朝廷の造成都監で宮廷を大きく建てようとしたときに、観候署で上述の理由でその建築を反対したことは良い手本である。
オンドル部屋を主とする韓国式家屋は、生活する人たちの身体とも深く関系している。 昔の韓国人の平均身長である五尺が家屋構成の基本単位であったのである。民家は一般的に十五尺の四方広さで建てられた。そこには、天地人の合計数である三と韓国人の平均身長であった五という人間自身の数値が関係して家屋の基本単位を成している。すなわち、古代韓国の家屋は、中宇宙をイメージして建てたのである。現代人が外から覗けば、部屋は少し狭いという感じを受けるが、中に暮らす人間にとっては最も安らかさを感じる空間の大きさだという。要するに、オンドルは原初的にお母さんの腹の中なのである。
オンドルをもつ韓国式家屋は、環境に対する配慮が多く現われている。燃料は主に藁や間伐材であり、かまどは植物性廃棄物を熱エネルギーとして焼却利用することができる。オンドルの煙道は地面と並行しており、30cm程度の深さである。オンドル下の沿道と煙を排出する煙突と繋がる部分であるゲザリは60cm程度の深さであり、沿道より相対的に温度が低いのである。したがって、煙はこの場所に留まりながら冷却され、煤煙がゲザリに落ちるようになっている。したがって公害物質を外に出すことを抑えることができたのである。韓国式家屋の材料をみすると、木と土、わらで成り立っており、オンドルは土と石でできている。要するに、全てをそのままに自然に返すことができたので環境ゴミの問題も存在しなかったのである。
オンドルをもつ韓国式家屋には、長い間の試行錯誤を通して得られた生活哲学と、生業の現場で反復的に観察され、熟練した多様な経験が集約されている。すなわち、オンドル文化圏の情緒と環境観の形成でもあったのである。このようなオンドル文化に対する研究は多様な分野で総合的に研究する必要がある。要するに、オンドルに対する研究は、建築学、歴史学、民俗学、地理学、経済学、生態学、地質学、生物学、医学などの多様な分野で総合することによって、オンドルと人間との有機的な関係を体系的に説明することができる。
櫻井龍彦は民俗学を技術という精神及び哲学的なものと、技量という人間の抽象的な知識と知恵の蓄積が具体的な形として表現される地域智(local knowledge)としても捉えている。このような見地からみれば、人間の生活におけるオンドルの役割と、自然に負荷を与えない親環境的な経験と知恵を現在と未来に応用することができる可能性がみえてくる。したがってオンドル民俗に対する簡潔な民俗学的な捉え方は、人間と自然の交渉である。人間と自然の交渉には、谷川健一が捉えている人間と神の交渉にその根本を問うことができる。
オンドルで暮らしていた人たちは、自然をどんな観念で眺めていただろうか?
また、自然からどのような恩恵を受けてきたのか?
オンドルが現在直面している不利な側面はどのようなものなのか?
そして、人たちはどのようにその問題を処理しようとしているのか?
重要なことは、民俗学で捉える人間の知恵と技術は人間中心主義ではないことである。人間が自然と交渉することは、人間自身だけのためではなく、自然と人間の調和のためでもあり、人間は自然に対して常に完全勝利を追求するのではなく、自然と妥協してきたのである。このような交渉の過程において歴史的知恵と技術が発揮されており、オンドル民俗はその意味と意義を明らかにすることに寄与できる。
オンドル文化圏の人たちは、オンドルで生まれ、オンドルで生活し、オンドルで死と向き合ってきた。多機能であり複合的なオンドルに対する民俗学的研究は、このような生と死を含んだ人間社会の集団的記憶や心理的な機能も課題として取り扱うべきである。要するに、オンドル民俗に対して、人間と自然、信仰(潜在的)という三者の有機的な関係を総合して考察する必要がある。オンドルに対する民俗学はこのようなことを目標とする学問でもある。