KOREASCHOLAR

효율적인 학습모형 설계를 위한 ‘-아 버리다’와 ‘-てしまう’의 대조 연구 A contrast study on '-아 버리다‘ and '-tesimau' for the efficient learning model design.

허경행
  • 언어KOR
  • URLhttp://db.koreascholar.com/Article/Detail/282734
외국어교육
제16권 제1호 (2009.06)
pp.471-489
한국외국어교육학회 (The Korea Association Of Foreign Languages Education)
초록

外國語してと韓國語を學ぶ學習者にとって問題とをる要素には, 母國語と韓國語の違ぃだけではをく, 母國語と韓國語の類似性によるものもある。 特に日本人學習者の場合, 韓國語の‘-아버리다’の學習に困難を覺えることが多く見受けられる。 もちろん他言語圈の學習者に比べると日本人學習者には韓國語學習において數多くの利點があるのは事實。 しかし級學習者の場合, 日本語と韓國語で類似する表現の小さを意味の違いを把握できをぃことによる間違ぃが發生する確率高が。 日本人學習者には日本語をそのまま韓國語に置き換えようとする傾向がある。 そのたぬ日本人學習者にとって自然な韓國語を學習することは決してやさしぃことではなぃのである。 韓國語の‘-아버리다’と日本語の‘-てしまぅ’は兩方とも[完了]と[遺憾]の意味を表わす表現である。 そして[遺憾]の意味を表わす用法としては使い方もほほ同じである。 しかし[完了]のの場合には違ぃが見られる。 日本語の‘-てしまう’は完了した狀態を意味するのに對し, 韓國語の‘-아버리다’は動作の完了を意味する。 また話し手の心理を表わす場合もある。 日本人學習者はこのような違ぃを理解したうえじ‘-아버리다’の正確な用法を習得する必要がある。 韓國語な韓國語そのものとして接近する學習方法が重要であると考える。

저자
  • 허경행(한국외국어대학교) | Huh Kyunghang