本稿は、社会言語学の分野における不満表明の話し手および聞き手の認識․思考․判断における分析を試みたものである。従来の研究では、研究者が頭の中で、不満表明の状況や場面を考察、また吟味し、言語生活の中から実際に起りうる場面を導き出し、アンケート調査に望む場合がほとんであった。しかし、研究者ごとに判断は異なり、また、同じであったとしても頭の中でのみ消化されてきた内容を、基本的な思考のパターンとして、表記し提示することによって、ある場面が起らざるを得ない、あるいは、起るべくして起ったということの説明が可能になり、それは、言語生活における自らの記憶や経験の中から無作為に導き出すといった方法よりは、はるかに論理的ではないかと論者が考えるからである。一般的に、社会言語学では、アンケート調査により、性差(男女差)、年齢(年代)差、地域差、あるいは、人間関係における親疎、上下関係などを中心に分析が行われているが、そのような研究では、形式的不満表明は取り上げられても、不満における自己不満忍耐型他不満忍耐型のようなものは扱えない。しかし、このような場面は、小説․映画やドラマのシナリオのような文学の世界では容易に確認できる場面であると言える。また、話し手を中心に見た場合、各々の場面で、自己の意志(判断)によるものと、外部からの何らかの力によって、自分の意志とは関わらず、不満表明ができないというものがあることが確認できた。特に、本稿における不満表明においては、前者を自己不満忍耐型形式的自己不満表明、後者を他不満忍耐型形式的他不満表明とした。さらに、形式的不満表明の場合でも、感謝表現や謝罪表現とは異なり、形式的という個人の抱えた不満という内面的なものと同時に代弁や代理と言った要素が、早い段階で形式的不満表明には強く現れ、見てきたように、自発代理的なもの形式的自発代理型不満表明と依頼代理的なもの形式的依頼代理型不満表明があることも確認した。一方、聞き手を中心に見た場合、各々の場面で話し手の表現をそのごとく受けとめるか否かにおいて自己の意志(判断)によるものと、外部からの何らかの力によって、自分の意志とは関わらず、強いられるものがあることも確認した。本稿においては、前者を聞手自己判断型形式的不満表明聞手自己判断型不満、後者を聞手他強制型形式的不満表明聞手他力型不満とした。