The Message Duality of Choi In-gyu's "Pro-Japanese" films in Late Japanese Colonial Period of Korea
大韓民国映画史の第一歩を刻んだ映画人の一人として知られる崔寅奎 監督。現在韓国での一般的な彼に対する評価は、日本植民地期には、対 日売国(韓国語では ‘친일’) 映画を作り続けたが、解放後、その売国行為 の免罪符として民族の解放をうたいあげる自由万歳(자유만세)等いわゆ る解放三部作映画を作ったとされる 。筆者は、彼の現存する植民地末期三作品のうち、比較的‘売国(친일)’ 性がはっきりしないとされる『授業料(수업료)』をのぞく二作品、すなわ ち『家なき天使(집 없는 천사)』ならびに日本人監督今井正との共同監督作 品である『愛と誓ひ(사랑과 맹세)』の再解釈を通して、彼のこの時代の映画 が持つメッセージの二重性を指摘する。そしてそのメッセージに含まれ る、朝鮮民族の、大和民族と平等な政治的権利獲得を狙う戦略的意図の 存在可能性を指摘する。最後に、植民地期朝鮮映画研究の課題、すなわ ち社会的認知フレーム考慮の必要性について提起する。